東京地方裁判所 昭和60年(特わ)2908号 判決 1986年2月07日
本籍及び住居
東京都東村山市野口町一丁目二七番地八
農業
小山惣吉
大正一四年八月二三日生
右の者に対する相続税法違反事件について、当裁判所は、検察官小泉昭、同櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都東村山市野口町一町目二七番地八において農業を営み、昭和五八年三月二日実父小山吉一の死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であるが、仲吉良二と共謀のうえ、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により自己の相続税を免れようと企て、昭和五八年八月一〇日、同都東村山本町一丁目二〇番地二二所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対し、被相続人小山吉一の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の課税価格は、九億九〇五五万三〇〇〇円で、このうち被告人分の正規の課税価格は二億三一三七万五〇〇〇円であった。(別紙(1)相続財産の内訳及び別紙(2)脱税額計算書参照)のにかかわらず、右吉一には金額七億五五〇〇万円の債務があり、このうち二億二六五〇万円を被告人において負担すべきこととなったので、取得財産の価額から控除すると相続人全員分の相続税課税価格は三億五七六六万七〇〇〇円で、被告人分の課税価格は三一九〇万七〇〇〇円となり、これに対する被告人の相続税額は六一七万四四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六〇年押第一五六六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により正規の相続税額九九〇三万一〇〇円と右申告税額との差額九二八五万五七〇〇円(別紙(2)脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書三通
一 仲吉良二、小山繁男、佐藤寛こと堀尾保次、下平明及び平林征彦の検察官に対する各供述調書(いずれも謄本)
一 収税官吏作成の次の各調査書(1から9まではいずれも謄本)
1 土地調査書
2 家庭用財産調査書
3 その他財産調査書
4 債務調査書
5 葬式費用調査書
6 租税公課調査書
7 預り敷金調査書
8 未払金調査書
9 代償分割未払金調査書
10 代償分割未収金調査書
一 押収してある相続税の申告書一袋(昭和六〇年押第一五六六号の1)
(法令の適用)
一 罰状
刑法六〇条、相続税法六八条一、二項
一 刑種の選択
懲役刑及び罰金刑の併科
一 労役場留置
刑法一八条
一 刑の執行猶予(懲役刑につき)
刑法二五条一項
(量刑の事情)
本件は、実父の財産を共同相続した被告人が、職業的脱税請負グループの一員である仲吉良二と共謀のうえ、巨額の架空債務を計上するなどして自己の相続税九二八五万円余をほ脱したという事案であって、ほ脱額が高額であり、ほ脱率も約九三パーセントと高く、犯行の態様をみても、同和団体を名乗ってその勢威を背景に税務署に相続税の申告を行うなど巧妙かつ悪質で、犯情も悪質である。もっとも、本件全体の経過においては、被告人に脱税をもちかけ、その方法を発案し、虚偽申告書の作成及び提出等脱税工作の大半を実際に遂行したのは共犯者の仲吉とその仲間であり、本件犯行が同人主導で行われたことは事実であるとしても、納税の当事者として脱税により直接の利益を受けるのは被告人であり、被告人の承諾なくしては本件は成り立ち得なかったのみならず、被告人自身、具体的な方法の認識はともかくとしても、不正な申告に使われることを認識しながら、相続税申告書の原案を仲吉に渡し、また、巨額の架空債務が計上されていることを認識しながら申告書に押印し、これを共犯者仲吉とともに担当係官に提出するなど、その関与の程度も小さくなかったことを考えると、仲吉らの誘いに安易に乗り、同人と共謀して本件に及んだ被告人の責任もまた、軽くないといわなければならない。
しかしながら他方、被告人は、当初、正しく申告して納税する準備を進めていたもので、被告人の方から積極的に脱税請負グループに接近して本件に及んだものではないこと、被告人は本件犯行において共犯者の仲吉に比較して従属的立場にあり、仲吉や仲介者の報酬、手数料稼ぎに利用されたとの面も存すること、被告人は本件発覚後、捜査、公判を通して素直に事実を認め、農業協同組合の常務理事を辞任して謹慎するなど反省の態度を示し、修正申告のうえ、本税のみならず重加算税、延滞税も完納し、今後の所得税等の納税においても過ちがないようにすることを誓っていること、被告人は正業を有する社会人で、これまで前科前歴がないこと、その他被告人の年齢等被告人に有利に斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合考慮して、主文のとおり量定した。
(求刑、懲役一年及び罰金三〇〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木浩美)
別紙(1) 修正損益計算書
小山惣吉
昭和58年3月2日
<省略>
別紙(2) 脱税額計算書
<省略>